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皇紀2685年(2025)6月

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仏教/井沢元彦

 仏教は日本に入ってきた後、ビーフカレー仏教となった。

 古代インド思想の特徴は生きることを苦しみと捉えたこと。虚無主義・快楽主義・唯物主義・苦行主義・決定論・懐疑論などの思想が生まれた。

 唯物思想は精神などというあやふやなものはなく、物質があるにすぎないとするもので、後世マルクスも資本論の中でそう唱えた。

 仏教では輪廻転生を説くが、この思想は以前からインドにあったもの。人間は永遠に死なず、現世での行いによって来世は六道の中のどれかに生まれ変わるという考え。
 キリスト教では、人々を死の不安から救うために「最後の審判」というものを考え出し、それまで人間は死んだのではなく眠っているだけで、その時が来たら起こされて審判を受け、最終的に運命が決定すると説く。だから火葬せずに土葬をしてできるだけ肉体を残そうとする。

 キリスト教では永遠の命を求めるが、仏教では逆に生きることから永遠に解放されたいと望んだ。生きることは苦しみであり、永遠に続く輪廻転生の輪から抜け出すにはどうすればいいのかを考えた。悟りを開いて抜け出すことを解脱といい、解脱すると転生せず死ねる。そのために修行している者を菩薩といい、解脱した者を仏陀あるいは如来と呼ぶ。ブッダは音訳、如来は意訳である。

 南無とは「あなたに帰依します」という意味。

 鎌倉時代に様々な新興仏教が生まれた。日蓮宗もその一つだが、他の宗派と違うのは日蓮という僧の名前が付いていること。他にそんな例はない。日蓮は法華経が唯一最高の経典であり、その教えが真の仏教であるとし、他の宗派はすべて誤りだとした。日蓮は「念仏無間」「禅天魔」「真言亡国」「律国賊」と言っている。それはキリスト教のように異端を認めない厳しい宗教であった。ところで法華経の中には悟りを開く方法については書かれておらず、書かれているのはいずれ法華経の聖者である上行菩薩がこの世に生まれ、教えを広めるということだけである。そこで日蓮は自らを上行菩薩であると信じた。そのために日蓮自身が信仰の対象となり宗派に彼の名前がついた。しかし他宗派は彼を菩薩として崇拝するなどとんでもないとして迫害した。

 上行菩薩というのはまるでイエスのような存在に思える。日蓮宗はキリスト教に似ている。異端を認めない点も共通している。創価学会に在日朝鮮人が多いのも、日蓮宗がキリスト教と似ているからかもしれない。韓国にはキリスト教的カルト教徒が多いからである。
 またプロテスタント系の聖書解説家である久保有政によれば、法華経の元は新約聖書であるとのこと。聖トマスがインド布教をした直後に法華経が誕生しているからだとのこと。ここにも根拠がある。
 日本で神仏混淆が崩れたのは明治時代になってからのことで、欧米植民主義国家のキリスト教という一神教の強い原理に対抗するために、神道を強化する必要に迫られたためである。それが「国家神道」である。古来の神道には和合の原理はあっても対立の原理はなかったからで、まず仏教を切り離して純化した上で強化した。