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皇紀2685年(2025)5月

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愚かな外交 悲しき日本

 拓殖大学国際開発学部教授の安村廉(やすむらきよし)氏は言う。戦後すぐに東西冷戦が勃発したことは日本に神風が吹いたと言える。そのおかげでGHQの方針が日本を共産勢力の防波堤とすることに変わり、強力な軍隊を持つ一大工業国としての現在の繁栄がある。

 日本は共産主義によって滅ぼされ、共産主義によって復活したと言える。
■戦後賠償について
[日本の場合]
  • 賠償請求をしてきた連合国側の国に対し国家賠償を行い、20数年かけて完了している。請求してきたのはフィリピン、ベトナム。他国は請求放棄。
  • 日本の在外資産の引渡し。
  • サンフランシスコ講和条約国以外の国には二国間条約に基づき、ビルマ、インドネシアに賠償支払い。インド、中国、ソ連は請求を放棄。
  • マレーシア、シンガポールへは経済協力の供与(旧宗主国が請求放棄したため)。
  • 戦争相手では無かった韓国に対しては、賠償ではなく3億ドルの無償、2億ドルの有償経済協力を行った。台湾に対しては経済協力。北朝鮮に対しては国交正常化後の課題となっている。ミクロネシアに対しては福祉向上の観点から自発的に18億円を拠出した。
  • その他として、在サハリン韓国人の帰国費支援7億円(1994年現在)、在韓被爆者への支援40億円、台湾人及び遺族に弔慰金585億円(1994年現在)を支払っている。

[ドイツの場合]
 国家賠償はせず、ナチスの犯罪被害者個人に対し賠償をしており、現在も続けている。

■朝鮮人の強制連行について
 日本の朝鮮併合は合法であった。1910年李完用首相が出席し条約が締結されている。イギリス・アメリカ・ロシアも認めた。
 1938年総動員法が施行され、朝鮮人も日本人同様徴用され、日本に連れてこられた者も大勢いたが、殆どが終戦後朝鮮へ一旦帰ったものの朝鮮戦争や生活苦から日本に再入国した。それが在日朝鮮・韓国人である。徴用で強制連行されたまま帰国する機会を失ったというのは嘘である。

■創氏改名について
 強制的に日本名に変えさせたわけではない。その証拠は有料(手数料50銭)であったこと。任意だから有料であった。ただし末端の役人だった朝鮮人が、成績を上げようとして無理強いした可能性はある。そして貴族階級である両班(ヤンバン)は改名しなかった。家柄の良さが逆に立証されると考えたため。また日本陸軍の朝鮮人将校も殆ど改名していない。もし強制であったら将校が改名しないことなど決して許されない。

■韓国に対する反省は1965年に完了している
 日韓交渉において、1910年8月22日以前に締結されたすべての条約・協定は無効とし、時の椎名外相・佐藤栄作首相は「不幸な期間があったことを遺憾として深く反省する」と述べ、交渉は妥結した。それ以降の謝罪外交は、13年8ヶ月を要した難交渉にあたった先人の功績を無にし、侮辱するものである。

■中国に対するODAのバカバカしさ
 外務省は「友好関係を築くことで国際機関重要ポストの選挙で票をもらい、最終目標は国連安保理の常任理事国入りを果たす」ことをODAの目的としているが、中国こそが日本の常任理事国入りに反対しており、拒否権を持つ国が反対したら決して実現しない。このようなバカバカしい朝貢外交にも等しいことを続けていると、諸外国の軽侮を招き著しく国益を損ねかねない。

■有条件降伏であったこと
 ポツダム宣言には米・英・中の三国により8条件が示されており、日本は国体の護持を条件として停戦を受け入れた。また国際法では国家が国家に降伏するという概念はなく、降伏したのは日本軍隊だけであり、国家間の約束事は受け入れた国だけでなく提示した国も等しく拘束する。しかし連合国側はその停戦条件を破り、不法にも占領行政を行ったのである。

 ポツダム宣言は有条件降伏宣言であり、日本も国体護持を条件として受け入れた。また国際法では国が国に降伏するという概念はなく、降伏したのは軍隊だけであった。しかし連合国側は条件を破り、不法にも占領行政を行った。

 保守とは、国民主権を柱とし、伝統・文化を自らのアイデンティティーとして、これを活力に革新してゆく立場を言う。

 外交官はじめ、公職に就く者には「臣民」の資格を有することを憲法に謳うべきだ。当座は愛国心と闘争心を教育すべきだ。公務員試験に合格したというだけでは駄目だ。左翼売国奴が大勢入ってくる。

逆説の日本史

 和の精神は、話合いで約束したことは絶対に守るという大前提があるから成り立つ。だから外国人には通用しない。

 日本人が異教徒を差別しないのは、日本人を脱宗教化させた信長のお陰である。信長は反抗する宗教信者を虐殺したが、信仰の自由は認めている。むしろ異端な考え方を一切認めない排他的宗教こそヒトラーやポル・ポトを生むのである。

 中国人や朝鮮人が滅多に自分の過ちを認めず謝らないのは、王朝交代の度に「九族皆殺し」の歴史があったからだ。

 キム・ワンソプは「親日派のための弁明」の中で、李王朝の閔妃をそれまでと違う視点で書いたところ、閔妃の子孫から名誉毀損で訴えられ逮捕されてしまった。子孫が先祖の名誉を傷つけた者を訴えても良いという法律が韓国にあるからだが、これが儒教国というものであり、こんなことではまともな近現代史など書けるわけがない。
 因みに日本では、死者に対する名誉毀損は虚偽の場合に限定され、真実の場合には処罰されない。被告人が真実であると主張した場合、検察官は虚偽であることを証明しなければならない。また、過失による名誉毀損の場合は処罰規定がない。

 勝海舟が長崎で海軍術を学んだ時、オランダ人教師カッテンディーケは、「日本人の最大の欠点は、武士以外の人間に国を守るという意識がないことだ」と日記に書いている。それは秀吉の刀狩り以来、町民や農民に国防意識がなくなってしまったからだ。

 これは現代人にもあてはまるのではないか。戦後GHQの占領政策によって一般庶民は愛国・国防精神を骨抜きにされてしまったのだ。昭和の武士と言うべき軍人が力を失い、元々皇室に対する尊崇の念や愛国心に乏しい町民や農民が主権者となったことで、戦後政治はやることが支離滅裂で迷走しっ放しだ。

 戦争あるいは侵略は絶対悪ではない。戦争は様々な側面を持っており、悪を封じるために必要な場合もある。

 朝鮮は永らく中国の属国であり、清に隷属していた時期には清の年号を用い、毎年金銀と女を献上していた。独立国家となったのは1895年下関条約によって、日本が清に認めさせて以来である。チェ・ケイホは「韓国堕落の2000年史」の中で、「李朝では権力の座に座った者が暴虐の限りを尽くしたせいで、民衆は過酷な社会で生き延びるために偽ることを日常の習い性としてしまった。例えば商人は役人を欺くため「買う時に売る、売る時に買う」と反語を用いた。その発想が現代でもはびこっている」と言っている。

 朝鮮は北も南も洗脳国家であり、反日教育を行っている。それはまさに戦争行為である。

 キリスト教は強い宗教であり、自らを絶対の正義とする。そのため異教徒と戦争を起こす。日本は信長のおかげで宗教戦争が無くなった。

 明治政府は開国後の西洋による精神的支配を防ぐため、キリスト教に対抗できる強い宗教的バックボーンとして、国家神道を形成した。

 歴史の捏造・粉飾の原理は「実際に~である」ではなく、「~であらねばならない」とすることだ。

 日本や西欧では悪人でも死後は平等に扱う文化があるが、儒教国の中国や朝鮮では悪人の埋葬も慰霊も許さないということが靖国問題の背景にある。中国や朝鮮は、互いの思想・宗教が違っても尊重し合うという民主主義の原則がわかっておらず、その上思想・言論の自由がないため、自分の考えを押し付けることを当たり前と思っている。

 儒教は農民の哲学であるため商人を差別した。また朱子学は儒教の中で最も保守的である。

 天台宗や真言宗などは国家鎮護を教義とする。そのため徳川家は本来浄土宗であったが家康の天下統一後は天台宗も信仰し、江戸の鬼門に東叡山寛永寺(天台宗)、中心に増上寺(浄土宗)を建立した。

 近代資本主義が発展するためには金融制度、法体系の整備、平和で安定した社会が必要であるが、最も必要なことは「利潤・利息の正当化」である。キリスト教プロテスタントが初めてそれを行ったが、日本人は独自の道を辿ってそれに至った。
 禅に「すべての労働は仏行(修行)に等しい」という教え(江戸初期禅僧:鈴木正三)があり、それが日本に資本主義の精神を芽生えさせた。しかし儒教の本場中国や、中国以上に骨の髄まで儒教に毒された朝鮮では、労働を軽蔑し商売を悪と捉えたため、資本主義の精神がまったく芽生えなかった。仮に職人として名工になっても卑しい職業であるため子に後を継がせず、官僚(士大夫/したいふ)にしようとした。だから老舗というものがない。まさに官尊民卑であった。朝鮮が発展し始めたのは日本に併合されてからのことである。中国では改革開放後に資本主義経済が取り入れられたが、商工業は所詮賤業であり悪であるので、粗悪品であろうと手っ取り早く儲かれば良いという、倫理無き資本主義となってしまっている。

 相互信頼を象徴するものが為替業の発達である。商売を蔑視し、利潤・利息が正当化されていない儒教社会では発達すべくもない。儒教では貴穀賤金(きこくせんきん)なのである。

 学者は真実を追求するものだが、儒学は真実より理想を求める。だから学問ではなく宗教でありイデオロギーである。そのため儒教と呼んでいる。儒教は真実より理想や正義を求めるものなので、歴史も自分達に都合良く歪曲する。日本も江戸中期から儒教の影響を受け始め、明治以降の皇国史観の形成へと繋がり、昭和20年の敗戦の悲劇を招いた。しかし朝鮮は今でも儒教に毒されたままで、その思想の根源は日本の皇国史観と何ら変わりがない。

 儒学は真実より理想を求める。これがシナ人や朝鮮人の本質を突いている。儒教の害毒であり、近代化を妨げる決定的な原因だ。現実を素直に認めない儒教は、確実に不幸をもたらす。
 儒教は中華思想が基になっている。しかし野蛮としていた夷狄に征服・支配されるに及んで最高・最強ではなかったという現実から目を背け、何事も事実を歪曲して自分達に都合良く解釈するようになった。
 日本も大東亜戦争の敗戦によって皇国史観が否定され、精神が屈折してしまったのかもしれない。その後遺症が今も続いているように思う。
 日本人は「みんなで話し合って仲良くしよう」とするが、内容の合理性よりも和を保つことを重視することが問題だ。だからすべてにおいて談合社会と言える。
 これが日本人の持つ病巣だ。現実を直視せず、合理的に対処しない。これでは外国との競争に負けるのは当然だ。

 儒教徒は自分が儒教の信仰者だという自覚がない。学問(儒学)と捉えているからである。

 日本は縄文文化(血を流しても良い文化)と弥生文化(血を流すことはケガレと捉える文化)の対立があり、そこから「手を汚す仕事(政治・軍事・警察)は身分の卑しい武士にやらせておけばいい」という発想が生まれてきた。そういう宗教的背景が部落差別にも繋がっている。

儒教は武士を含めた日本人の道徳規範とされた。

 共産主義がうまくゆかないのは神も宗教も否定するからだ。神がいないとなると人は陰でいくらでも不正をやらかす。人の監視には限界があるからだ。しかし神を信仰している者は決して神の目はごまかせないという信念があるから、人目がなくても不正を行わない。だから誠実な社会が実現する。それが建設的な社会を創り出し、産業が栄え、強く豊かな国を作る。それがキリスト教国で起きた奇蹟であり、日本教国で起きた奇蹟である。

 儒教には「排他的独善性」という猛毒が仕込まれている。空論であり現実を直視しないという極めて重大な欠点がある。昭和初期より軍閥がこれを大いに利用して国民を欺き、戦前の日本を滅ぼした。

吉田松陰の言葉

 「志がなければ人ではない」

ユダヤ・キリスト・イスラム教

 どの民族も最初は独自の多神教を信仰していた。日本神道、ギリシャ神話、ローマ神話、オーディン神話など。

 ローマ帝国のイスラエル総督ピラトが、ユダヤ人の要求に従ってしかたなく泥棒バラバを赦免し、イエスを処刑したという新約聖書マタイ伝の記述は、事実ではなく捏造であると思われる。理由は、巨大な人口を抱えながらまだ素朴な多神教を信じるローマ帝国にキリスト教を布教しようとしていたため、ローマ帝国を敵にしたくなかったからだ。逆にユダヤ人はキリスト教を敵視しており、改宗に応じる可能性もないので、積極的に悪玉に仕立て上げたということのようだ。

 日本とドイツは戦後の対応でよく較べられるが、ナチス・ドイツのホロコーストは「戦争犯罪」以上に悪質な「政治犯罪」である。なぜなら第一次大戦後、当時最も民主的といわれたワイマール憲法下において、選挙で政権を取ったナチスが民衆の支持を得て平時に行った国内政策だったからだ。また、戦時下における虐殺行為はどの国もほぼ例外なく行っていることであり、お互い様であるといえよう。極限状態における狂気のせいとして同情できるからだ。

 ホロコーストが単なる戦争犯罪ではなく、さらに悪質な政治犯罪であるというところが重大だ。
 アンネ・フランクの悲劇はキリスト教会がユダヤ人を匿わなかったから起きた。サウンド・オブ・ミュージックで有名なトラップ大佐は教会に逃げ込んだことで助かっている。キリスト教会の行為は人道に反している。
 ラビ・マーヴィン・トケイヤー曰く、イエスが本当にメシアだったら世の中がこんなに不幸なわけがない。だからユダヤ人はイエスをメシアとは認めていない。また、アメリカの5千万人にも及ぶ福音派キリスト教徒がイスラエルを支援しているのは、彼らが信じているイエスの再臨を早めるためだ。そのための条件として世界中のユダヤ人がイスラエルに帰還していなければならず、そこへイエスが再臨してユダヤ人を罰すると同時に、キリスト教に改宗させることになっている。だから熱心に支援しているのだ。しかしユダヤ人は決して改宗したりはしないだろう。
 ムサ・モハメッド・オマール・サイート曰く、世の中に様々な宗教があるのはそれが神の意思であり、他の宗教にも存在意義があるということだ。だから無理に改宗させようとするキリスト教徒の行為は神の意思に背いているのだ。
 アメリカ在住の友人曰く、アメリカの東海岸や西海岸の大都市にいると感じないが、テキサスを中心とする中西部から南部に多いキリスト教原理主義者(ファンダメンタリスト)達は恐ろしい。彼らは未だに天国に行ける事を一番重要なことだと考えている。彼らの主な主張は「反同性婚」と「反人工中絶」で、基本的に共和党支持である。彼らが信仰する神は天地創造の神ではなく、天地破壊の神デビルだ。歴史的に見ても異教徒・異邦人を殺し、勢力を拡大していったのは殆どキリスト教徒だ。そして彼らは天国に行くために相変わらず偽善行為を続けている。彼らは憲法に違反して異教信仰の自由を認めていないばかりか、信仰を個人の問題ではなく国家の問題として捉えている。
 なるほど、キリスト教原理主義者が信仰する神は天地破壊の神デビルだ、とは言い得ている。彼らは天国に行ける事を一番重要なことだと考えているらしいが、絶対行けないだろう。いくら偽善行為を積み重ねても偽善は偽善でしかなく、神はお見通しだ。予定説に従えば天国に行ける者は既に決まっているのだから。

「わが闘争」アドルフ・ヒトラー

 人間存在の最高の目的は国家を維持することや政府を保持することではなく、自らの種の保存である。種が圧迫されたり絶滅させられる危険がある場合には、あらゆる武器を駆使して戦うことは正当なことであり、合法性を問うのは二の次である。

 人間としての権利は国家の権利に勝る。そして自己の存在のために戦う覚悟も能力もない者には、人権も幸福も与えられない。臆病な人間のために世界があるのではない。

 その通りだ。日本人は敗戦後去勢されてしまったかのように反戦気分が強いが、戦わない者に人権も幸福も与えられない。
 自然は生殖を自由にさせておきながら、生存には試練を与え最良の個体のみを存続させようとする。しかし産児制限をする社会は誕生した者を精一杯存続させようとする。その結果、強い者や健康な者だけが生き残るはずが、弱い者や病弱な者までも精一杯存続させようとする。これは生存競争の原理に反しており、やがて自然界の報復を受けることになるだろう。より強い他の社会によって駆逐されてしまうのだ。
 高度に文化的な人種が平和主義に幻惑されて領土拡大を断念し、国内の開発に向かったとしても、世界は暴力によって領土を拡大させる野蛮人種の所有に帰することになる。
 まさに同感。病弱者を存続させようとすることは偽善行為ではないか。それが尊い行為であると思いこんでいるに過ぎない。自然の生存競争の原理に反している。大事なことは強い者、健康な者、才能のある者に活躍の機会を与え、人類社会をもっと高い次元へ発展させることだ。

やっかいな隣人韓国の正体

 韓国の反日行動は一部のプロ民族主義活動家達が行っており、竹島に関しては関係する自治体の議員・職員達が行っている。一般市民は参加していない。

 1952年竹島が韓国に武装占拠された当時、唯一共産党だけが武力奪還を主張した。1954年9月に日本は韓国に対して竹島の領有権問題を国際司法裁判所に提訴しようと持ちかけたが、韓国が拒否した。

 韓国は一応民主国家の体裁を持っているが、内実はまったく違うことを知っておかなければならない。韓国の知識人は世界レベルに達しておらず、日本人に対する強い劣等意識がある。ヒステリックなまでの反日感情はその反動である。そのため日本人を悪者にすることでかろうじてプライドを保っている。

 日本人に知っておいてほしいのは、日本人の韓国人に対する差別意識より、韓国人の日本人に対する差別意識の方がずっと強いことである。

 これだ、これを忘れてはならない。南・北朝鮮人こそ最も外国人を差別する民族なのだ。特に日本人に対しては抜きがたい強い劣等意識があるため、ヒステリックなまでに感情剥き出しで虐待してくるだろう。だからもし朝鮮戦争が再発し、半島から多くの難民が押し寄せても決して受け入れてはならないのだ。後々必ず後悔することになる。

 2005年「親日反民族行為者財産国家帰属法」が制定され、親日派の子孫が受け継いだ土地まで強制収容している。

 ノ・ムヒョン以降、若者には北朝鮮への親近感が根付いており、野党まで票を得るために親北朝鮮になってきている。

 親日派の実名での発言は1990年の呉善花をきっかけに、1997年のIMF介入後にはキム・ワンソプ、イ・ヨンフン(ソウル大教授)、ハン・スンジョらによって行われたが、売国奴として政府・マスコミに大弾圧され、イ・ヨンフンは元慰安婦の老婆達に土下座させられた。しかし日本統治再評価については、証拠に基づいた研究報告だったのでさすがに政府にも潰せず、その報告は日本でも高く評価されている。

 韓国人の反日意識を変えるには、歴史を実証研究した上で教科書に掲載して教えなければならない。

 韓国政府の歪曲・捏造教育で育った韓国人たちは、将来とんでもないしっぺ返しを食らって苦悶することになるだろう。

 朝鮮には戦前公娼制度があって、軍の兵士相手に商売をしていた。被害者は子供の頃親に売られたのであって、決して軍が強制連行したものではない。小野田寛郎も自身の見聞からそう証言している。にもかかわらず韓国では元従軍慰安婦達を焚きつけて軍に強制連行されたと思い込ませた。これは悪質な行為である。彼女達には自身を哀れな犠牲者だと思い込みたい被害者心理があり、また社会の要望に沿えばこれ以上世間から排除されることもなくなると思っただろう。これは在日コリアンが強制連行されたと言っているのと似た心理構造である。

 日本は韓国に対して「悪いことをしたかもしれないが、良いこともした」などという遠慮した言い方は止めて、「良いことをしたのだ!」とはっきり言い切るべきだ。併合があったから韓国は近代国家になれたぐらいのことを言わなければだめだ。反日に対抗するには、日本による統治は善政だったことを徹底的に韓国に教えるしかない。

 日本統治時代のソウル監獄や独立記念館では、日本軍による拷問シーンだというジオラマが再現されているが、あれは李朝時代に行われた朝鮮王朝以来の伝統的なものであって、決して日本軍がやったことではない。日本軍も自分達と同じようにするだろうと思って、勝手に想像して作ったものである。また戦後間もない頃に韓国内の赤狩りでも同様なことが行われた。

 日韓関係においては韓国人インテリほど国内で言われていることと実体との乖離に悩んでいる。一般国民は滞日経験から日本の実体を知っており、韓国政府のプロパガンダなど信用していない。

 韓国ではIMFの介入以降、競争型市場経済社会化して所得格差が広がって階層固定化が進み、国民が将来に悲観して反市場経済、反グローバリズム、反米となって北朝鮮に親しみを感じるようになった。ノ・ムヒョン大統領率いる左翼民主主義政権が誕生したことも大きく影響している。

 朝鮮人の価値観の中核にあるのは民族をそのまま血縁集団とするイデオロギーである。だから韓国民も民族は国家を超えるという思いから親北朝鮮となっているのだろう。そして親北朝鮮に転換したことにより、韓国が実は民主国家ではなかったことが露呈したと言える。

 朝鮮戦争が再発して北朝鮮軍が韓国民を無差別大量虐殺したら、それでも韓国民は「民族は国家を超える」と思い続けるのだろうか。強制収容所に入れられ思想教育や強制労働をされてもなお、「民族は国家を超える」と思い続けるのだろうか。
 いっそのこと韓国が北朝鮮に併合されてしまった方が日本にはいいのかもしれない。それでようやく韓国民は目が覚めるだろう。そして日米同盟軍は遠慮なく明確な敵である統一朝鮮を叩くことができる。
 1979年に書かれた左翼民族主義知識人による論集「解放前後史の認識」が現代の政治家達の教科書になっており、戦後韓国史全否定の立場から歴史の書き換えを推し進めたのがノ・ムヒョンである。要するに朝鮮戦争は、日本やアメリカが自国の利益のために朝鮮民族を犠牲にした戦争だとしている。高校教科書「韓国近現代史」では、戦後韓国の歴史を「米政府と韓国独裁政府 VS. 韓国民衆」という構図で否定し、北朝鮮体制は「民族自尊を守りながら絶え間ない変化を追及する合理的体制」だとしている。韓国も北朝鮮も共に国際権力政治の犠牲者であって、北朝鮮が民族に犠牲を強いたのは民族自尊を守るためであり、韓国は民族の自尊を外国に売り渡してしまったのだとしている。これが北朝鮮の数々の悪行を免罪する方向に向かわせている。

 韓国の市場経済観は中国よりも社会主義的だ。北朝鮮はあまりにもひどいが韓国の市場経済もひどいので、その中間のみんなが貧しくても平等に暮らせる社会主義福祉国家が好ましいと考えている。韓国の物価は高く、下層の生活苦は日本の比ではない。GDPは伸びているがGNI(国民総所得)との格差が極端に大きく、国民にお金が回っていない。理由は輸出依存度が高過ぎることと、国際競争の激しいIT産業に偏り過ぎているためであり、純益は低下する一方である。

 韓国経済をダメにしたのは労使対立に代表される「集団利己主義」であり、協調路線はいまだに取れていない。これは伝統の「身内正義」に基づく血縁小集団間の闘いである。この集団は中央権力志向で、大きいことが価値となるため中小企業が育たない。しかも相変わらず商業蔑視の風習が残っている。要するに韓国では資本主義の倫理が育っていないため悪徳商人だけが栄えており、それを国民が不満に思っている。若者も政府も企業や市場経済が悪いのであって、資本主義社会そのものも悪いのだという方向に向かっている。

 やはり韓国は自分たちだけの力で革命を起こし、国を再建する必要がある。左右の勢力が血みどろの戦いを繰り広げ、その結果勝った方が国を支配する。それが親北朝鮮政権なのであればそれでいいし、親米日であればそれでいい。ともかく血を流して戦い勝敗をはっきりさせることだ。

 韓国人は経済を変えるのは政治の力だと思っていて、経済の主体は民間だという考えは乏しい。

 朝鮮王朝以来、密告を奨励する伝統がある。

 韓国人は北朝鮮の方が伝統的な民族性をよく守ってきたと評価している。

 朝鮮民族は伝統的に統一美を好み「正しい形こそ美しい」と思っているので、整形美容にも感心が高い。

 韓国では親北朝鮮を嫌気して金持ちと技術者が国外へ逃げ出している。

 676年新羅が唐の援軍を得て高句麗・百済を征服して以来、朝鮮は中国の属国となり、年号も中国のものを使用した。清国の公式文書には「大清國属」と書かれており、また19世紀末に米海軍省より発行された「海上国家の旗」には、太極旗の絵の上に「大清國属高麗国旗」と書かれている。

 韓国では新羅の金春秋(後の武烈王)を英雄としているが、北朝鮮では朝鮮の独立を中国に売り飛ばした売国奴になっている。

 新羅→高麗→李氏朝鮮となる。中国の史記や漢書に古代朝鮮半島には箕氏朝鮮があり、前2世紀には衛氏朝鮮があったと書かれているが、どちらも朝鮮民族が建てた国ではない。朝鮮の国名はそこから来ている。

 韓国には古代の文献は一つも残っていない。そこで「日本書紀」などから抜き出したものを都合良く解釈して教科書に書いているだけだ。資料がないから好きなように歴史を捏造できることにもなる。

 なるほど、古代の文献や資料が何一つ残っていないから歴史の捏造・歪曲がやり放題というわけだ。

 李氏朝鮮の時代、世宗大王が訓民生音(ハングル)を作ったが、支配階級である両班が反対したためまったく普及しなかった。漢文が正文であり中国史が正史であるという理由だった。ハングルは諺文(オンムン)即ち卑俗な文として差別された。つまり朝鮮の知識人達は自らのオリジナリティを軽蔑したのだ。それに今では韓国人が誇りにしているハングルは、実は日本が統治時代に普及させたものである。

 秀吉の大陸出征において、武人達が手柄を示すため朝鮮人の鼻や耳を削いで持ち帰ったものを、耳塚を建てて埋葬している。耳塚は五輪塔なので供養塚である。決して戦勝碑ではない。供養するのは死んでしまえば敵も味方もみんな仏だと日本人が考えるからだ。これは靖国にも同じことが言える。

 日清戦争後の下関条約で朝鮮は大韓帝国として1000年ぶりに独立することができた。それを記念して建てられたのが独立門だが、それまではそこに迎恩門があり、宗主国であるシナ皇帝の勅使が来たら朝鮮国王は、ここで九叩頭の礼を尽くして出迎えなければならなかった。

 韓国政府にとって大きな危機が訪れようとしている。社会の民主化・情報社会化・国際化が進むに連れ、政府の行ってきた歴史の捏造が暴き出されてしまうので、その危機意識から一層親北朝鮮路線を取っている。

 朝鮮独立に最も尽力したのは伊藤博文であり、その功績によりソウルに銅像が建ってもおかしくないほどだが、逆に暗殺者の安重根が英雄視されている。安重根は併合を阻止しようとしたとされているがとんでもない見当違いで、伊藤博文はむしろ併合に反対する保護国論者であって、暗殺により返って軍部などの併合派を勢い付かせて併合を促進させてしまったのだ。

 韓国は民主的な資本主義国家の体裁を取っているが、実は中華思想に根ざした親共産主義国家であり、夷族である資本主義国家日本に対してイデオロギー闘争を仕掛けているのだ。だから仲間の中国や北朝鮮の非道をあまり問題にせず、日本だけを非難して貶めようとする。言うことが中国や北朝鮮と似ているのはそのせいだ。

 なるほど、韓国を民主的な資本主義国家の仲間だと思うからことごとく裏切られるのであり、本質は北朝鮮と同根の中華思想に根ざした親共産主義国家なのだ。アメリカに無理矢理作られた哀れな緩衝地帯国家なのだ。
 モンゴル族、女真族、満州族、日本族は中華主義の朝鮮族から見れば夷族であるが、その夷族に征服され臣従しながら、心中では蔑視するという極めて屈折した意識を持つことになった。しかもシナが夷族に征服され夷狄化してしまった以上、唯一中華主義を奉ずることができるのは朝鮮族しかいないという勝手な思い込みが、小中華主義思想を生んだ。これが現代の朝鮮民族の性格を形成した。
 なるほど、朝鮮族はモンゴル族、女真族、満州族、日本族に征服・臣従させられ、宗主国であるシナ王朝までも征服・臣従されたことで、正気を保つためには中華主義を奉ずることができるのは朝鮮族だけだと勝手に思い込んだのだ。しかし山鹿素行の言うように本当に中華主義を奉ずることができるのは日本だけであった。
 朝鮮王朝時代にイ・テゲが朱子学を発展させ、政治家や官僚が最も偉いという政治第一主義となった。それは日本統治時代を生き続けて韓国・北朝鮮にも受け継がれ、北朝鮮では朱子学の社会主義国家版というべき「主体思想」が作られた。「理=法」ならぬ「必然的な歴史法則」をもってキム・イルソンが「聖人君子」となり、朝鮮労働党の高級官僚が「賢人」として国政を執行することになった。韓国でも北朝鮮でも政治は儒教国家そのままに「愚かな民を教え諭すこと」と考えられており、徹底した上意下達方式である。
 韓国は国定教科書を使っており、普通は内容に疑いを持たない。また教育信仰が強いので学歴が最も重要視され、ソウル大学の権威たるや日本の東京大学の比ではない。二位の高麗大学とも雲泥の差がある。それは科挙制度の名残りといえる。
 朝鮮では儒教の礼に基づき、長幼の序のみならず男女の序、生業の序、家格の序、出身校の序などあらゆる面で序が尊重され、対人関係では上下がしっかりと意識される。
 だからこそ併合ではなく、征服して征服者日本人と被征服者韓国人という上下の序列をしっかり韓国民に意識させる必要があったのだ。
 朝鮮では最も尊い学術が「儒学」であり、その教えを生かす技術学問の理学・医学・経済学は下位に見られている。美術・芸能・文学は更に低い。だから政治家や官僚以外は自分の仕事を誇ることができない。

 技術蔑視の伝統があり、また地道な努力を積み重ねることが苦手だ。勇んで世界最先端の研究に取り組む者は多いが、挫折するのはそのせいだ。

 韓国人口の半分近くまでクリスチャンが増えたのは、キリスト教が韓国人向けにアレンジされ、死後天国に行けることより「現世利益」が強調されているからだ。それは「キリスト教的儒教」と言い換えてもいいものだ。

 朝鮮人には日本人の多神教に基づく自然信仰や、儒教も仏教もキリスト教も尊重するということが理解できない。西洋のキリスト教徒も異教徒と過渡的に共存するのはやむを得ないが、絶対にキリスト教が正しく、いずれみんな改宗してキリスト教徒になると信じている。しかし日本人は唯一絶対正しい宗教なんて無いし、歴史認識についてもそのように考えていると言う。しかし韓国では唯一絶対に正しい歴史認識があると考え、欧米のように科学的な歴史認識と宗教的な唯一絶対の存在を区別することすらしない。

 歴史上、朝鮮に神がいたためしはない。シナと同様、人の生き方を教えるだけである。神を知らない民族は人の目がなければいくらでも悪事を働く。ここが決定的に日本人と違うところだ。だから共に暮らせば日本人が割を食う。
 北朝鮮が韓国を併合する可能性は、北朝鮮にとって瀬戸際状況から脱する起死回生の方策なので十分有り得ることだが、一般の韓国民はそれほど危機意識を持っていない。むしろ逆に北朝鮮が崩壊していやでも北朝鮮を併合しなくてはならない羽目になることを恐れている。それを防ぐため援助を行い、国内に向けては親北へ誘導して南北国家連合を作ろうとしている。ノ・ムヒョンが国内親日派の一掃、国家保安法廃止、日米からの離反、中露への接近、統制経済の強化、マスコミの規制などを断行したのはそのためだ。
 朝鮮王朝時代の革命が失敗したのは、伝統的にエリートと民衆の知識や教養の差があまりにも大きいので、大衆が呼応しなかったからだ。北朝鮮でも同じような状況だが、これほど飢えで苦しんでいるのに立ち上がらないのは、恐怖政治による締め付けだけでなく、強固なイデオロギーで民衆が骨抜きにされているからだ。

 今後韓国に起こることとしては、米の介入による軍事クーデター、国粋派のクーデター、北朝鮮と中国の介入によるクーデター、核保有による離米などが考えられる。

 韓国人は北の核を恐れていない。同胞に核を用いることはないと思っているし、むしろ国際的に発言力が増し、日米と互角に渡り合える上に、南北国家連合が成立すれば核は韓国のものになると思っている。

 日本人の考える「共存共栄」とか「助け合い」といったバランス感覚は、朝鮮人や中国人には通用しない。そんな考えは逆に優柔不断と捉えられ、そこに相手への配慮があるのだということに気付かない。朝鮮人や中国人にははっきりと「お前達のためにしてやったんだ」と、恩着せがましいほどに言ってやった方が納得される。

 朝鮮人や中国人に対しては、相手に配慮することは一切やめた方が良い。関わりを持つ際には、日本の主張はこうだとはっきり言い続け、その上で相手に選択させることだ。戦争中のことについても何度も謝る必要はない。特に若い人が謝ると戦争中の親の罪を引き継いでいるのだと誤解されて、永遠に謝り続けることになる。ともかくいかに韓国が騒ごうとも一貫した主張をし続けることだ。日韓関係がこじれても困るのは韓国であって、韓国の偏屈な民族主義的イデオロギーなど外部にはまるで通用しないことを徹底的に自覚させてやれば良い。そうすればこのままでは韓国に未来がないと分かって必ず変わる。日本はそれを待っていれば良い。本当の国家関係はそこから始まる。

 日本がはっきり主張してやることが韓国民のためでもあるということだ。
 儒教知識人とマルクス主義知識人には二つの共通性がある。天下国家の問題を無知な民衆に教えて目覚めさせ、正しい方向に導かなければならないという、エリート知識人集団主導主義であることと、現実よりもイデオロギーを大事にすることだ。

 韓国の政党はみんな現実を見ようとしないイデオロギー過多政党ばかりだから、いくら政権党が変わっても大きな変化は期待できない。今の韓国は伝統の両班文人政治に陥っており、かつてのパク・チョンヒ軍事政権の方がよほど実行力があってましだった。

 朝鮮人に対しては言い方に配慮する必要はなく、自分の主張を端的にはっきり言った方が良い。併合についても「やむを得なかった」ことであり、しかも「植民地化ではなかった」ことも強く主張すべきである。悪いことも良いこともやったなどという言い方は誤解を招くだけで、双方にとって損である。

 キム・デジュン以降ノ・ムヒョン政権に至る韓国はそれ以前の韓国と大きく異なる。一つは極端に情緒過多で全体主義的な民族主義の流れ。戦後の韓国史を全否定する過去史清算、親日勢力・親日言論の一掃、左右両派の民族主義プロ活動家による突出した反日行動、北朝鮮支援・反北朝鮮言論の弾圧、日米からの離反・中露への接近、南北国家連合構想の推進。もう一つはIMF管理体制下における極端な経済自由化推進によってもたらされた流れ。経済格差の拡大、貧困層・生活困窮者の増加、勝ち組・負け組二極化社会の進行、倫理破壊・集団利己主義の蔓延、反グローバリズム熱の高まり、市場経済への反感。この二つは上から強引な国家社会主義的社会改革・政治改革を行った結果生み出されたものだ。

 ノ・ムヒョンは民主主義の旗手として登場したが、実際にやったことは反民主的政策であり、北朝鮮に近付こうとしている。