男性的日本人へ
(日下公人)
「決断の前に決意をしておけ。決意するには理由が必要だが、決断に理由は不要。ただタイミングをみるだけだからだ。」(羽野水産会長:羽野重雄)
決断力が不足している者は、普段から英知の蓄積が不足している。
学校で教える理論では、何時が「好機」なのかを教えないから、会議をすれば慎重論者が必ず勝ち、そのせいで好機を逸してしまう。男の本領は踏み込んで機をつかむことだ。
日本は崩壊などしていない。そう思うのは新聞・テレビ・週刊誌の読み過ぎだ。確かに崩壊現象もあるが創造現象もあって、不動の基盤も頑然とあるのだ。これからの日本は「質の創造」で世界に貢献するため、破壊と創造が進行しているのだ。
日本は資本主義より人本主義で行け。
企業価値には3種類ある。株主にとっての価値。従業員や取引先にとっての価値。社会にとっての価値。しかし法律では会社は株主のものとしている。ここに問題を生ずる根源がある。
これからの日本の産業は、アイデア・センス・工夫・努力が物をいう。
グローバルスタンダードとは新入りが既成の共同体に入れてもらいたいため、高飛車に言っているもの。郷に入りては郷に従えの反対なので嫌われる。歴史の浅いアメリカではこの手の揉め事が多くすぐに裁判へ持ち込む。しかしようやく裁判の不毛さに気付き始めた。日本では昔から話し合いというローカルスタンダードで折り合いをつけてきた。というより日本の法律は対外的な建前に過ぎない。日本がアメリカ化しているのも事実だが、実はアメリカも日本化している。
日本のビジネスマンはアメリカ企業と取引するに当たって明確に意思表示をするようになった。しかしアメリカ風の取引を良いとは思わないので、こちらが優位に立っている相手に対しては日本風を押し付ける。すると相手が合わせてくる。しかし官界・学界の人間はこれをしようとはしない。
日本風のビジネスをやる会社はアメリカでも繁栄している。しかしそうしない会社は共食い競争をしている。ヨーロッパ企業もアメリカへの投資を減らし、ドルも持たなくなる。それでアメリカは金詰りになってヨーロッパ資産を売却して持ち帰る。金詰りはますます昂じて金利も上がって苦しくなる。そうなるのは真面目な取引をしないからだ。常に相手を騙そうとしているから世界中が寄り付かなくなる。ところで日本風の「無邪気・あどけない・かわいい」という文化がマンガやアニメを通じて世界中の子供達に浸透している。彼らが大人になる頃には日本風が定着しているだろう。かくして世界は日本化する。
日本では権利を主張しなくても相手にそれを察する義務がある。しかしアメリカでは権利を主張しなければ誰も認めてくれない。お互い権利を主張するから訴訟合戦になる。そのため法と理屈を覚える。感情的になると理屈では勝てないからだと思われるので、冷静に理詰めでやる。つまり権利は客観的に存在するものであり、それを証明することは可能であるという前提で進められる。逆に日本では感情的になった方が勝つ(笑)。
世界的に見て日本ほど魅力溢れる国はない。だから企業進出する際も相手国にあつかましいほどの条件を突きつけても大概断られない。
ネタニヤフ調書 汚職と戦争
これは2024年にイスラエルとアメリカが合作したドキュメンタリー映画である。しかしイスラエルでは上映禁止になっている。それほど衝撃的な内容である。映像はイスラエル警察が隠し撮りしたビデオで構成されており、登場人物はすべて本人である。
イスラエルの与党リクード党は、ネタニヤフ首相の汚職をはじめ賄賂や詐欺および背任のせいで国民の人気を失い、与党を滑り落ちようとしていた。このままでは首相を続けられない状況に陥っていたネタニヤフは、失職すればすぐに逮捕され刑務所行きになることは確実だったため、それまで蛇蝎のごとく嫌っていた極右の「宗教シオニスト党」と「ユダヤの力」を取り込み、連立して過半数を獲得し、衝撃の第6次ネタニヤフ内閣を発足させた。そして「宗教シオニスト党」のベザレル・スモトリッチを財務大臣・国防大臣に、「ユダヤの力」のイタマル・ベングヴィルを国家安全保障大臣に、「リクード」のヤリブ・レビンを副首相・司法大臣に任命した。これによってネタニヤフ内閣は金と法律と警察を掌握した。
なお、ベザレル・スモトリッチとイタマル・ベングヴィルは、過去に多くの虐殺を行っている真正の過激テロリストである。またネタニヤフとヤリブ・レビンの所属するリクード党は、1948年4月9日のデイル・ヤシーン村虐殺事件を起こした連中により作られた政党であり、その時約700人の村人を虐殺している。そしてヤリブ・レビンは最高裁判所を意のままに操るため、政府直轄下に置いた。
2023年10月7日に勃発したハマス(ガザ地区を実効支配するイスラム武装組織)によるイスラエル南部への襲撃は、すべてネタニヤフが仕掛けたものである。襲撃が開始された09:00の前後6時間は、イスラエル国防システムのスイッチがOFFにされており、ガザとの境界にある高い壁の上の監視兵は、持ち場を離れるよう指令を受けていた。更にネタニヤフが密かにカタール経由でハマスへ5000億ドルの資金を提供していたことも明るみに出た。それはハマスとの戦争を継続するためである。戦争が継続する限りイスラエルは非常事態が続き、ネタニヤフも首相であり続けることができ、逮捕されないからである。そのためグレーター・イスラエル(大イスラエル)を標榜し、ガザやヨルダン川西岸に留まらず隣接する周辺国への侵略戦争を今後も長く続けることを宣言している。
日本人が知らないアメリカの本音
(藤井厳喜)
アメリカは決して一枚岩ではなく、常に二つの潮流が鋭く対立している。
南部奴隷制維持の系譜が民主党へ、北部・中西部の奴隷制反対の系譜が共和党へ連なる。
南北戦争中、イギリスは南部の独立を認めようとしていたが、リンカーンが奴隷解放宣言を出したことにより奴隷制を敷く南部を認めにくくなり、そのうち北軍が勝利してしまった。戦争後は共和党が黄金時代を迎え、民主党は南部にひきこもる小政党になってしまったが、F・ルーズベルトの登場で息を吹き返す。
日米は安保体制にあるが、同盟関係にはない。同盟関係とは共に血を流す関係である。しかし日本には国際法上の軍隊が存在しておらず、集団的自衛権も認められていない(2015年に認められた)。
中国がSLBMを持ってしまった以上、アメリカの核の傘は有名無実となった。中国が日本を核攻撃すれば数千万人が死に、国は滅びてしまう。同盟国アメリカが中国に対して報復の核攻撃をすれば中国も滅びてしまう。しかし中国も潜水艦からアメリカに報復の核攻撃をするので、アメリカも滅びてしまう。ということは、アメリカは日本が核攻撃されても決して中国に報復攻撃をしない。いくら同盟国であっても、滅びてしまった日本の報復のために自国民数千万~数億人の命を犠牲にすることはしない。相手国がロシアであっても同じこと。よって日本は自主核武装するしかない。
アメリカの要人は日本が核武装することに反対してはいない。親中派で有名なキッシンジャー元国務長官ですら、「日本のような大国が今日まで核兵器を持たなかったことは不思議だし、日本が核武装しても誰も驚かないだろう」と言っている。日本の核武装は世界をより安全にするために必要であり、新しい日米同盟の基盤となるものだ。
2000年に発表されたアーミテージ&ナイ・リポートでは、日本をイギリス並みの同盟国として扱うという提案をしているが、日本からはまだ責任ある回答をしていない。日本の核武装を前提にしたその提案の骨子は、日本が共同防衛のための大きな負担を担うならば、それに応じて日本の独自の判断や自主性を尊重するというものである。
アメリカでTPPに賛成しているのは多国籍大企業だけで、それ以外の一般国民は大概反対している。日本のTPP加盟に反対するならアメリカの反対派と結託することだ。TPPは本来シンガポール・ブルネイ・チリ・ニュージーランドの四ヶ国で2006年に発効したささやかな経済連携協定であったが、アメリカが参加表明したことでアメリカ多国籍大企業のための自由貿易協定に変わってしまった。日本はこれまでのようにFTAかEPAでアメリカと交易していれば良いのであって、何もTPPに参加する必要はない。日本の場合、農業に限らず製造業や大企業でさえ大きな損失を蒙る可能性が十分にある。その上、外国人労働者の大量流入によって日本の質の高い労働力が失われ、社会の秩序が破壊され、そのせいで多大な国益を損なうことになるだろう。
■ TPPの問題点
- 遺伝子組み換え食品を拒否できない。動物実験では健康被害が出ているし、遺伝子組み換え種 子は一度実を結ぶと次に種子にならないよう遺伝子操作されたもの(ターミネーター遺伝子) も出てきているため、収穫する度に種子を購入する必要がある。以前、自家採種を行なった農 家が組み換え種子会社に訴えられて敗訴している。
- 遺伝子組み換え種子だけが耐性を持っている除草剤には猛毒があり健康被害が出ている。
- 知的所有権がアメリカの巨大産業だけに優遇される。
- 公共事業が景気対策にならなくなる。
- 土地や水資源が外国に買い占められる。
- 国民皆保険制度が崩壊する。
- 労働市場へ安価な外国人労働者が大量に流入してくる。
- 使用禁止されている収穫後防虫農薬(ポスト・ハーベスト農薬)が許可される。
TPPではコンサバティブ(極右派)とリベラル(極左派)はコーポラティブ(大企業優先主義)への反対で一致している。しかしアメリカの極右・極左は日本のそれとはまるで意味が違っており、あくまでアメリカ建国理念を基にした考え方の双極で、「アメリカの原点に帰れ」という原理主義である。
敗者の戦後
(入江隆則)
ローマ帝国は文化的にはるか上位にあったエトルリアやカルタゴを武力で征服し、その領土と民族と文化を徹底的に破壊した。生き残った者は全員奴隷に売り飛ばされた。ローマの征服戦争ではこれが当たり前だった。
ナポレオン以降の近代戦争が貴族戦争の作法・礼式をかなぐり捨てて野蛮で無慈悲な総力戦になっていったのは、民主主義の発達のせいである。徴兵制により兵士となった一般民衆には戦場の作法などどうでもいいことで、ナポレオンが周辺各国の王朝軍を次々に打ち破ることができたのも、これが理由の一つである。それまでの王朝軍は貴族とそれに雇われた傭兵とで構成されており、伝統的な規制や制約に縛られていてそれが弱点でもあった。ところが徴兵制の軍隊は政府にとっては兵士の消耗を大して恐れる必要がなく、兵士が愛国心に燃えているから逃亡の憂いもなく、補給は現地調達としたため、王朝軍より迅速な作戦が実行できた。
第二次大戦後の日本とドイツでは状況がまるで違う。戦争の発端も経過も違っており、ドイツが崩壊した時は全面的な完全瓦解であって政府が消滅したが、日本では政府は健在だった。またドイツは分割統治されたが日本はそれがなかった。
ドイツは各地に殺人工場を造って600万人ものユダヤ人を虐殺したが(2025年現在の研究では約200万人とされている)、日本はそんな蛮行はしておらず、南京虐殺事件などは中共のプロパガンダによって捏造されたものである。よく非難される特高警察による拘引者数は1801名に過ぎず、終戦時に獄中もしくは保護観察に付されていた政治犯も2682名で、大部分は無傷で解放されている。
ヒトラーと東条英機を同列に扱うのも非常識なことで、ヒトラーは教養もなく「授権法」によって総統の地位についた文字通りの独裁者で、死によってしかその地位を終わらせられなかったが、東条は天皇に忠誠で私心のない陸大出の秀才能吏であり、合法的な手続きで首相の地位を退いてからは平凡な市井人として暮らした。ヒトラーのような狂気のニヒリズムは片鱗もなく、その人格の違いは大きい。
民主主義の弊害は、妥当な政策より人気のある政策が採用されてしまうということ。
世界には正統君主制と正統民主制の二つしかないというが、日本には三つ目の天皇と幕府という権威と権力が分立する正統政治が鎌倉時代に生まれており、以来一度も正統政治が途絶えたことがなく、「日本人は革命を知らない」。これにいくらか似ているのがイギリスの国王と議会の共存である。これと正反対なのが支那である。易姓革命を繰り返しながら、いかなる王朝も正統ではありえない。つまり「支那人は革命しか知らない」。
ヨーロッパはナポレオン戦争が終わってから第一次世界大戦が始まるまでの19世紀という100年間に野蛮になった。第一次世界大戦では兵員の死者854万人に対し、第二次世界大戦では818万人であった。もっとも一般市民の死者を加えると2200万人と第二次世界大戦の方が多くなるが、それだけ総力戦の度合いが大きくなったということだ。第一次世界大戦で初めて毒ガスが使用され火砲も進化したため、殺戮される人間は兵器弾薬同様ただの消耗品となり、不足すれば補充する資源としかみなされなくなった。これは大衆の時代の始まりであり、横暴な大衆に対しては力で押さえ付けるしかないという発想が生まれ、19世紀を粗暴な時代にしていったと言える。
大衆による政治、即ち民主制(デモクラシー)とは大衆(デモス)の支配(クラティア)である。君主制においては良い君主、悪い君主によって大衆は幸福にも不幸にもなったが、民主制においては良い大衆、悪い大衆などありえない。
ナポレオン戦争が王朝軍に対する近代国民軍という新しい軍隊を作った途端、パルチザン(ゲリラ)という更に新しい軍隊が誕生した。そしてこれが敵地の住民を皆殺しにする口実にされ、憎悪が憎悪を呼び戦争は確実に残虐になっていった。
ハーグ陸戦規定ではゲリラは捕虜の扱いを受けられない。
欧米の殖民地獲得戦争における残虐行為も、その後の戦争を益々粗暴にした一因である。
ヨーロッパ人は世界中を植民戦争で破壊し尽くした代償を、今後何世紀にも渡って払い続けなくてはならないだろう。
ナポレオンは戦争を欲し、侵略戦争を好んでいた。ヒトラーは更に徹底していて、ソ連・フランス・イギリスを屈服させゲルマン民族の千年王国を築き上げるつもりでいた。
1978年出版のセバスチャン・ハフナーの「ヒトラーとは何か」によると、ヒトラーが日本の真珠湾攻撃の3日後にアメリカに対し宣戦布告した理由は、その少し前、ソ連軍に反撃されてドイツ軍が敗走を始めたためであるという。千年王国を築き上げる能力がドイツ人にないのなら、そんなダメ民族は滅ぼされてしまえば良いと思っていたことが理由だという。日本はアメリカから攻撃を受けたのではなく攻撃を仕掛けたのであるから、同盟国であってもドイツは対米戦に参加する義務はなく、ましてやソ連に押され始めた段階で新たにアメリカを敵に回すはずがない。その時期ヒトラーはデンマークの外相に、ドイツ国民が戦争に敗れて滅んでしまっても私は一滴の涙も流さないだろう、と言ったという。
F・ルーズベルトも戦争を欲していた。到底飲めない条件を羅列したハル・ノートを日本に突き付け、日本の先制攻撃を誘導した。しかし日本側は誰一人として本気で戦争を望んだものはいなかった。参謀本部を中心に対米早期開戦論があったのは事実だが、経済封鎖によって時が経てば経つほど不利になることを心配してのことで、東京裁判で指摘されたような共同謀議などと言えるものではなかった。この状況は第一次大戦におけるドイツと似たところがあり、当時ウィルヘルム2世や首相は本気で戦争を始めるつもりはなかったが、ロシアとフランスという二正面作戦を避けるためには、先にフランスを叩いておくべきだとの参謀本部の主張に引きずられて、戦争に突入してしまったのである。
18~19世紀の戦争では、戦後処理において復讐や過大な賠償請求は結局百害あって一利も生まないことが当事者間でよく理解されていた。しかし20世紀になると政治家も軍人もしきりに正義を口にするようになり、第二次大戦において極致に達した。ナチスドイツはナチズムを、ソ連は共産主義を、米・英はデモクラシーと自由主義を、そして日本はアジアの解放と八紘一宇を標榜して戦った。つまりどこの国が勝っても勝者の正義によって敗者が裁かれねばならない構造になっていた。
日本は武士が台頭してから朝廷と幕府という権威と実務権力の併存体制を維持してきたが、明治維新により天皇親政の一元体制に改め、第二次大戦の敗戦で再び象徴天皇と政党政権の分立体制に戻し、この往復運動によって二度の危機を乗り切った。
功利的な近代史の只中にあって、民族の滅亡と引き換えても天皇という中核価値を強固に護持しようとした民族がいたこと自体、驚くべきことだ。
第一次大戦後ドイツはさまざまな制約を課されたにも拘わらず、その裏をかいてすぐに軍事増強に成功した。その徹を踏まないよう第二次大戦後は敗戦国民の精神的武装解除に重きを置き、自分に対する嫌悪感を植え付け、それが自発的な自己批判だと思わせるように仕向けた。また復讐心を取り除くために勝者は寛大であったという印象を与えるようにした。
GHQは天皇に人間宣言を行わせ、神道指令によって日本人の宗教的中枢に打撃を与え教育勅語を廃棄させた。加えてマスコミ操作を行い日本人を洗脳し、思想改造の手段とした。
神道指令というのは国家と宗教を分離させ、神道を抑圧排除しようとしたものである。つまり国家神道の解体である。
ナポレオンが強かったのはそれまでの「貴族戦争」のルールを無視した戦い方を実行したからであり、それが近代殺戮戦争の始まりであった。
