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皇紀2684年(2024)7月

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ロスチャイルド家の野望

 ロスチャイルド家による世界統一政府計画は、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが30才の時に始めたことです。暴力とテロリズム、リベラリズムと自由思想、群集心理と戦争、唯物主義と国際法を駆使することで実現させるのだそうです。

歴史は力だ

 歴史と神話が繋がっている国史を持つ国は、今や日本だけです。長い歴史を持つ国は文化・文明の知的財産が蓄積されるため、歴史を持たない国よりも強いのです。だから日本は長い鎖国後、半世紀もしないうちに世界の列強に仲間入りできたのです。よって世界一長い歴史を持つ日本は伝統文化を力に変えて世界を日本化すれば良いのです。

聖なる祭司

 共産主義は地域・国に根付いた伝統文化を否定することが活動目的の一つですが、流石に天皇を戴く伝統文化を安っぽい屁理屈の思想で破壊することなどできません。外国の君主は皆「俗世の皇帝」「俗世の王」ですが、日本の天皇は「聖なる祭司」ですから決定的に違うのです。

天皇は文化的存在

 天皇は制度ではなく日本の国体における文化的存在なのです。また皇帝(Emperor)でもなく、ローマ法王(Pope)のような宗教的権威としての存在です。共産党は天皇の存在が民主主義に反するから打倒すべきであると主張しますが、君主制が民主主義と共存しているのが世界の普通の光景です。そして、むしろ民主主義を否定し弾圧してきたのは社会主義・共産主義です。語るに落ちるとはこのことです。

旧家の地位向上のためには

 もとより旧家の人々にはごく自然に日本の歴史・文化・伝統を守るために戦うことが身に付いています。しかし旧家の地位向上のためには、もっとしっかり目的意識を持っていただき、そして高度な専門知識と深い忠誠心と個人的な独立心を養っていただく必要があります。

科学的な作戦は最良ではない

 科学的分析に基づいた作戦は最良とは言えません。そんな作戦はプロなら誰でも考えるからです。敵でも。だから簡単に裏をかかれます。

神社に向かってすることは神に誓いを立てること

 神社や神棚に向かってすることは神頼みではなく、神に対して誓いを立てることです。これを勘違いしている人がいかに多いことか。現世利益を求めることは根本的に間違っています。

横井小南

 幕末思想家の横井小南は、富国強兵のために欧米と付き合うのではなく、日本の大義を世界に広めるために付き合えと言いました。まさに正鵠を射ています。

陽明学

 朱子学と違い陽明学では、知行合一を謳い実行を伴うことを重要視します。社会のためになろうとする意志があれば、仮に知識が乏しくても体が弱くても行動することで一定の成果は出せるが、実行しなければいつまでも道は切り拓かれないと考えます。明治維新の原動力となった吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、河井継之助、佐久間象山等も深く信奉していました。

正義を目的として生きること

 正義を貫いて生きることが難しいのは、社会の価値観が「正しいか正しくないかより損か得か」「正義より利益」となっているからです。損得を目的として生きることは出来ますが、損得を目的として死ぬことは出来ないでしょう。正義を目的として生きる者はそのために死ぬこともできます。死を賭けて何事かを成し遂げようとした生き方は、時空を超えて多くの人々に働きかけて影響を与えるものです。

資本主義社会を生きる一般大衆

 フロイトは資本主義社会を生きる一般大衆は、通常であれば自己の欲望に従って行動しますが、自己の理想に従って行動する時には自分が背負うべき使命を自覚し、それによって生じるすべての結果を承知し、さらに一般大衆と自分は違うのだという意識を持つことが必要だと言いました。

旧家の人々は自己犠牲を厭わない

 旧家の人々は社会への奉仕のため自己犠牲をも容認し、社会の幸福のために奉仕し貢献しようという意識が高いと思います。「忠」は天皇に対する忠義であり、天皇の大御心に忠義を尽くすことで社会に奉仕します。日本人の大義はここにあります。「孝」は価値観の歴史的連続性を表し、先祖や親から受け継いだ社会の一員として価値ある生き方をしようとします。また家とは、家族という同時代的な関係だけでなく、先祖の魂を含めた歴史的関係です。さらに各家の長い歴史を遡れば元々一つになると考えます。

旧家の人々は自らの意思で戦う

 日本の伝統的価値観を身に深く染み込ませている旧家の人々は自らの意思で戦います。完全なる自由意志で戦いに臨む者の精神は、モチベーションレベルが本質的に違います。

唾棄すべき日本人たち

 日本人の中には靖国神社に奉られた英霊を犯罪者扱いする者までいます。本当に唾棄すべき日本人たちです。戦没者遺族に戦争とは何と無慈悲で悲惨なものかと思わせたに違いありません。こんな連中を跋扈させていてはいけません。

目的意識の有無

 「仕事をこなす」と「仕事を果たす」ではまるで違います。前者には目的意識がなく、後者には目的意識があります。役人タイプとは前者のことであり、命じられた業務を決められた規則に従って機械的に処理するだけで、いかなる結果が生じるかにはほとんど関心がありません。「仕事は失敗しましたが法規は守りました」なんてことを言いかねません。

人の生き方とは

 人の正しい生き方とは自分を社会のために役立たせようとすることです。その生き方に正当性を与えるものが伝統です。

伝統とは受け継ぎ発展させるもの

 伝統とは単に過去のある時期に創造されたものをそっくりそのまま伝えることではありません。歴史の流れの中で価値あるもの(正しきもの)を見出し、それを受け継ぎ、さらに発展させて次の世代に伝えることです。つまり自らが伝統の一部となり、自分の精神を伝統の中に活かして未来に託すことです。

人権思想と契約社会を考え直す

 世相を変えるには目に見える社会の仕組みだけではなく、深層にある人間の価値観を変えなくてはなりません。自己中心的な考えが甚大な害を社会に及ぼす現実に直面している今、我々は個人の権利を絶対視する人権思想と契約社会が本当に正しいのか考え直す必要に迫られていると思います。

日本神道と私益資本主義

 我々は自由を絶対不可侵の大義とする見方を疑ってかからなければなりません。個人が利益を追求することを良しとする価値観は、根本的に見直すべきです。ではこれに代わる社会思想とは何でしょうか? それは神道です。常に神と共に生きているという自覚の下、自分の言動を律する神道です。神々は争わず共存しています。神々が争わないのだから人間も争わない道を探し出すべきです。神道の特徴は肉体が死んだ後の精神世界で神に近付こうとするのではなく、肉体を有する現世において神々に近付こうとすることです。

日本神道と公益資本主義

 日本神道の共存共栄の考え方は公益資本主義と見事にマッチします。集団の幸福を追求しようとする意志を持ち、理想社会に尽くす公共心を大事にし、必然的に沸き起こる利己心を抑えることを求めます。