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皇紀2685年(2025)2月

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国体の本義

 万世一系の天皇に匹敵する歴史を持つ存在はローマ法王ぐらいのものです。しかしそのローマ法王とて万世一系ではありません。
 1937年(昭和12年)に文部省思想局により発行された教科書「国体の本義」は、戦後GHQにより発禁処分となりましたが、これには大事なことが多く書かれています。以下は神道に関する記述です。
 「神道では祈らなくてもかまいません。感謝していれば良いのです。それは神を絶対的に信頼しているからで、祈ることはむしろ神を穢すことになるからです。祈りには欲から出た邪心があります。これは親子関係と似ています。親はお願いしなくても子供を守りますから、子供はただ親に感謝していれば良いのです。ここがキリスト教や仏教と違うところです。キリスト教の神は『怒る神』であり『罰する神』です。そして人はみな原罪を持つが、神道の神は人を信頼しており罪人としません。それでもお祓いをするのは、万が一穢れているといけないからです。また神道では人が神になります。仏教でも死ねば仏になると言いますが、これは日本の仏教に限ってのことであって、神道の影響と思われます。ただし、神道は日本人だけのものであって、国境を越えて他民族にも普遍的に広まる宗教ではありません。なぜなら神道では日本人だけを神の子としているからです。」

 「神道では祈らなくても良く、感謝していれば良い」というところは実に重要であり、神道の特徴をよく表していると思いませんか? 天皇は祖神に対して祈っているのではなく、感謝の念を捧げているのです。

アメリカは恐ろしい国

 1898年2月キューバのハバナ港に停泊していたアメリカ戦艦メイン号が爆発沈没し、乗組員260名が死亡しました。マッキンレー大統領はこの事件を口実にスペインに宣戦布告しました。しかしこの事件はアメリカの謀略だったのです。

 アメリカはメイン号の自国兵士や乗組員260名をわざと殺害しました。ロシアも中国も恐ろしい国ですが、アメリカも恐ろしい国なのです。

戦前には日本もアメリカを十分研究していた

 戦前には日本もアメリカを十分研究していました。戦後焚書が行われたことが国民から戦前の資料を目にする機会を奪い、そのために誤解されてきたと言えます。

アメリカは拝金主義の国ではない

 アメリカは拝金主義国のように言われますが、実は「尚武の国」です。国内に建つ銅像の多くが軍人であることからもそれを窺い知ることができます。軍人は尊敬され政治家になって大統領になった者も何人かいます。日本でも戦前は政治家や大臣になった者も多数いましたが、敗戦後は軍人出身者というだけで冷遇されるようになってしまいました。そうしたことが外国に対して対等にものを言えなくなってしまった原因の一つかもしれません。

アメリカ軍は今でも志願制

 アメリカは今でも徴兵制ではなく志願制です。それでも兵士は十分集まるのです。敗戦国の日本やドイツではそうはなりません。ドイツには徴兵制はありますが社会奉仕を選ぶことで忌避することができ、そのせいで国防軍は移民の若者によって支えられている状況です。これが戦勝国と敗戦国の違いです。

当時アメリカの仮想敵国は日本

 第二次世界大戦当時アメリカの仮想敵国は日本でした。ヨーロッパ戦線に参加したのはあくまで助っ人としてであって、その証拠にベルリンを英・仏・ソと一緒に分割統治しています。しかし日本はアメリカが単独で統治しています。

 アメリカは本当は日本を心底恐れていたのではないかと思います。やがてアメリカを凌ぐ力を持ち、アメリカがせっかくイギリスから奪い取った覇権も日本が奪ってしまうと考えたのではないかと思います。もし日本が支那を支配し、大東亜共栄圏を完成させたら、それがかなり現実味を帯びてきます。それだけにアメリカにとって垂涎の的の巨大市場である支那を日本に奪われる前に、日本を叩いておきたかったのだと思います。ひょっとしたら日本に支那を奪われるぐらいなら、支那を共産化してしまった方がいいと考えたのかもしれませんね。

アメリカの侵略文明は終焉する

 アメリカは建国以来やみくもに西進し続けてきましたが、日本、中国、アフガン、イラクへ進んだところでアメリカの拡大は終わったのではないかと思います。さもなくば米ソ冷戦という第三次世界大戦の次に、イスラム世界との第四次世界大戦を始めることになってしまいます。しかしもうさすがに米国民の同意を得られないでしょう。そして遂にアメリカの侵略文明は終焉するでしょう。

尼港事件(ニコライエフスク事件)

 ニコライエフスクとは樺太の対岸にあったロシアの港町です。日本人居留民384名(内女性184名)、軍人351名の計7百数十名の日本人と、約1万2000人の市民の内、共産主義に同調しない約6000人が、ロシア人・支那人・朝鮮人からなる4千人の共産パルチザンによって陵辱暴行された上、虐殺されました。このため日本軍は樺太を占領しました。

支那における日本製品のボイコット

 支那における日本製品のボイコット運動は戦前から度々起こっていました。最近始まったことではありません。

経済封鎖は戦争と同様の暴力

 経済封鎖というのは戦争と同様の暴力であるにもかかわらず、アメリカの偽平和主義者は1932年の早い段階から経済封鎖を主張していました。

アメリカは中国の正体がまるでわかっていない

 アメリカは近代化とは相容れない中国の正体がまるでわかっていないので、米中間には戦前から何となく手を取り合う空気がありました。一方的な誤解なのか、相互に誤解しているのかわかりませんが、アメリカはいつも日本より中国を尊重します。前に中国人移民を排斥したことの贖罪意識があるのかも知れませんが、日本と違い中国ならキリスト教化できる可能性を感じたのかも知れません。しかし多くの宣教師を派遣したのは大陸での日本軍に対するスパイ活動のためとも言われています。

九ヶ国条約の真の目的

 1922年の九ヶ国条約は英・米の明らかな陰謀でした。日本・イギリス・アメリカ・フランス・イタリア・オランダ・ベルギー・ポルトガル・支那が参加しましたが、それは日本の海軍力を削ぎ、支那の主権尊重、領土保全、大陸の門戸開放と機会均等を約するものでした。しかし日本代表であった加藤友三郎海軍大臣と幣原喜重郎駐米大使は愚かにも調印してしまいました。このようにいつも日本外交は迂闊で愚かでした。

マニフェスト・ディスティニー

 アメリカの世界侵略を正当化した「マニフェスト・ディスティニー(明白な運命)」とは、アングロ・サクソンを神に祝福された選民であるとして、世界中の民をこれに同化させることを神勅であるとした勝手な考えです。アメリカインディアン征服、黒人奴隷化、領土拡大といった覇権主義を正当化する恥ずべき欺瞞です。そしてこの考えはナチスそっくりであり、ヒトラーに最も似ているのはフランクリン・ルーズベルトなのです。

 「マニフェスト・ディスティニー」はアメリカ版中華思想と言って良いでしょう。あるいはユダヤ人の選民思想に通じるものがありますね。実に勝手な考え方です。

日本は戦前からずっと民主主義国家

 日本人は戦後アメリカが民主主義を与えてくれたと思っていますが、それはとんでもない誤解です。そもそも民主主義とは観念でも理念でもなく、外国にモデルがあるという類のものでもありません。「独裁ではないそれぞれの民族の暮らし方」が民主主義であり、日本人には日本人の暮らし方の中に民主主義があるので、アメリカの民主主義こそが本物の民主主義だと思うのは明らかな間違いです。また民主主義を至上のものと考えることも間違いです。独裁は悪ですが、民主主義はその次に悪です。アメリカは教条主義的であるため、己のデモクラシーは最高のものだと言い触らして恥じませんが、独裁国家ソ連と手を組んだことは明らかに矛盾しています。実はルーズベルト政権にはコミンテルンの手先が大勢潜り込んでおり、アメリカの民主主義はソ連化してしまっていたのです。その点、日本は共産主義でもなく、ナチスでもなく、戦前からずっと民主主義国家でした。

アメリカは支離滅裂でバカな国

 アメリカはデモクラシー擁護、全体主義反対を唱えていましたが、実際にやったことはイギリスを援助し、蒋介石を援助しました。イギリスはインド・マレーシア・ビルマ・チベットで残虐極まりないことをやったアジアに対する侵略国家です。また蒋介石は民主主義者ではなくファシストであり、ヒトラー同様に総統と名乗るナチズムに最も近い思想の持主でした。国民党という名前もそれを如実に物語っています。後に台湾に逃走した時も、台湾人を3万人も殺害しています。つまりアメリカは口では立派なことを言いますが、平気で真逆のことをやる支離滅裂国家です。しかし結局アメリカは支那の共産化に資金と人を注ぎ込んだことになり、巨大な市場を取り逃がすというバカなことをやってしまいました。

日本の真珠湾攻撃はアメリカの謀略

 F・ルーズベルトは参戦するためにどうしても日本に先制攻撃をさせたかったのです。そこで謀略を講じてわざと日本軍に真珠湾を攻撃させました。日米戦争に従軍したアメリカ人スティネットの書いた「真珠湾の真実/ルーズベルト欺瞞の日々」にあるように、最近真実がどんどん解明されつつあります。

支那事変は戦争ではない

 盧溝橋事件に続く支那事変は日支双方共に宣戦布告をしていないので戦争ではありません。だから「事変」と呼んでいるのです。「日中戦争」という呼び方は戦後の東京裁判以降のことです。

日米戦争を始めたのはアメリカ

 日米戦争を始めたのはアメリカです。アメリカという国はその東海岸から西進を続け、太平洋を渡ってアジア諸国を侵略してきましたが、アジアを抑えるために力を付けてきていた日本を叩いておく必要を感じたのです。

フライング・タイガース

 アメリカは日米開戦の前年である1941年に、「フライング・タイガース」という100機のカーチスP40戦闘機部隊を重慶に差し向け、米陸軍飛行士が操縦して日本軍と戦いました。これは明らかに国際法違反であるにもかかわらず、F・ルーズベルトはこの作戦に署名していました。日本軍の真珠湾攻撃以前に宣戦布告なしの先制攻撃を行ったのはアメリカの方なのです。

ロバーツ委員会報告

 焚書された来栖三郎の「日米交渉の経緯」という本によりますと、この委員会は日本軍による真珠湾攻撃を事後検証するために設置され、検証結果を報告したものです。そこには図らずも米国の野望が暴露されており、いかにして日本が戦争に引きずり込まれたかが書かれています。その上で来栖は日本は例え勝算が薄くても、敢えて受けて立たなければ東亜はアメリカの植民地になってしまうだろうと書いています。来栖三郎は日独伊三国同盟を調印した日本の外交官。

米英が日本を戦争に追い込んだ

 アメリカには日本に対して戦争を仕掛ける強い意志があったので、計画に従い予定の行動を取っただけだという認識は、ロバーツ報告書以外にも戦争中からアメリカ国内にはありました。1942年にサタデー・イブニング・ポスト紙面で下院議員ジャネット・ランキンは「F・ルーズベルトとチャーチルが共謀して日本を経済封鎖することにより戦争に追い込んだ」と語り、海軍のクレランス・E・ディキンソン中尉は、「1941年11月28日に真珠湾を出航した折、航空機や艦船を見つけしだい砲撃せよとF・ルーズベルトから命令されていた」と、宣戦布告なき対日攻撃を証言しています。またハリー・エルマー・バーンズは1955年8月のリベラシオン紙面で「F・ルーズベルトは12月7日以前にハワイの現地司令官に日本軍の攻撃を知らせないよう画策した」と報告しています。
 これらの事例は1993年に出版されたD・デリンジャーの、「アメリカが知らないアメリカ」という本の付録に掲載されたものですが、出版に際しては検閲のせいで苦労したことを吐露しています。1990年代においてすらこうなのですから、アメリカにおける「リメンバー・パール・ハーバー神話」に対するタブーの強さを感じます。しかし我々日本人はアメリカの不正義・不公正・非寛容が徐々に白日の下に曝されるのを待っているのではなく、積極的に解明して世界に訴えなければなりません。

 その通りです。今も戦争の真っ只中にいるのです。情報戦争・外交戦争・思想戦争といった総力戦の真っ只中にいるのです。総力戦は戦時と平時の区別がなく、永遠に続きます。それが人類の宿命のようです。